英語の演説をレコードに吹き込みをなさる前日 私がパパと練習を伺いに参りますと「おゝ試験官がいるのか恐ろしいぞ」と仰ってお笑いになりました。そして実に熱心にお稽古をなさり何とかいう所がむづかしいと何度も何度も練習をなさいました。やがて突然「緑、今度はお祖父ちゃんが試験をしてやろう」と仰るので私が吃驚していますと発音の調子によって同一の句も全然意味の違う場合もあると教えて下さいました。お祖父様の英語は本当に素晴しくて、かつて豪州にいらっしゃった時イギリス人が「久し振りで英語らしい英語を聞いた」とほめちぎったそうですし又パパのお会いになる外人も「あなたのお父様とお話する時はとても気をつかう」と仰るそうです。大学教授となられて間もない明治二十年前後即ちお祖父様のモダンボーイ時代には西洋人と一緒によくシェイクスピア劇をなさったそうです。 中でも『マァチャント・オブ・ベニス』の「シャイロック」はお得意中のお得意でいらしたそうで、すっかり衣装をつけられた時はどんなにかご立派だったでしょう。五尺七寸近く(173cm)も丈がおありになるのですからお祖父さまのコンパスは大変長いので大学の運動会の時、教授の競争では必ず一等でいらしたとお話になりました。 (後略) |